赤身の肉はとにかくデリケートです。

 

赤身肉が美味しい赤牛(あか牛)
一言で言っても農家さんの育て方や
産地でかなりの違いがあります。

 

精肉店や肉卸問屋で販売されている肉は
そのほとんどが肉のセリ場を経て入荷
してます。

 

しかし。

 

今回ご紹介する熊本県阿蘇郡産山村では
あか牛をセリ場には極力通さず、農家さん
が直に販売する「産直スタイル」
貫いています。

 

今では牧場直送での肉を販売している
農家の方をチラホラと見ますが
産山村ではだいぶ前から
肉の産直スタイルです。

 

赤牛(あか牛)といえば阿蘇郡産山村
といわれるほど最近では認知度が
上がってきてます。

 

黒毛和牛も産地で名前が違うように
将来は赤牛(あか牛)も産地の名前で
ブランド牛になる日がくるかも
しれません。

 

最近のあか牛の傾向として
本来の持ち味である赤身主体の肉質
ではなく、黒毛和牛に対抗するかのように
サシを入れるタイプが増えています。

 

以前に増してあか牛を大きく育て
肉にサシをいれて重量を
増やしています。

 

誤解してほしくないので
先に断っておきます。

 

私は牛を大きく育てる「増体型のあか牛」
を否定しているわけではありません。

 

あか牛農家さんには農家さんの
事情がありますし、重量を増やしたから
といって特別に肉が不味いわけでは
ありません。

 

しかし。

 

今回、この記事で取り上げる
「阿蘇郡産山村」で育てられるあか牛は
明らかに他のエリアとは違う特徴が
あります。

 

私が長年に渡って懇意にしている
産山村のあか牛農家さんに
「なぜ、産山村のあか牛は別格なのか?」
をお伺いしてきました。

 

 

レア情報満載なので、楽しみに
最後までお読みください。

 

あか牛の誕生秘話

あか牛は元々、熊本県で“役牛”として
飼われていました。

 

役牛とは主に畑の土を掘り起こしたり
重い荷物を背中に積んで運んだりする
牛のことです。

 

この地方で飼われている役牛を
肥後の牛などと呼んでいたようです。

 

江戸や明治時代の肥後の牛(和牛の素)
は、今では考えられないくらい小型の牛
だったそうです。

 

阿蘇の周りの土地は阿蘇山が活火山
ということもあり、火山灰土が多い
エリアです。

 

その地域で暮らす人たちにとって
役牛として飼っている牛を
もっと大きくして耕さなければ
開墾ができません。

 

そこで、小型だった肥後のあか牛(在来種)
に「海外の牛」シンメンタール種を交配させて
産まれたのが、今のあか牛と言われてます。

 

交配したときは様々な牛が産まれましたが
その中でも赤毛で体格もよい牛を残して
今のあか牛が誕生したそうです。
(分離の法則)

 

シンメンタール種は牛の中でも乳用、食用
役牛として飼われている“大型種”です。

 

役牛として飼われていたあか牛は
とても重宝がられ大事に育てられていました。

 

しかし、戦後になると農耕作機械の登場により
役牛としての立場を追われていきます。

 

同時期に、日本国内が肉を
食べる文化が広まります。

 

肉のなかでも牛肉は特に人気があり
時代に求められている肉ということあって
あか牛も肉用種として育てられるように
なったそうです。

 

世界農業遺産に阿蘇が登録

熊本県阿蘇を訪れると驚くことがあります。

 

通常は木々が生い茂る
森林が山だと思っています。

 

しかし、同じ山でも阿蘇の一面は
緑に覆われた草原です。

 

ポツリポツリとクヌギの木が
生えている程度です。

 

雄大な阿蘇の草原に
“あか牛”“馬”を放牧してます。

この後で詳しくなぜ草原があるのか
説明します。

 

ココでは手短に話しますが
阿蘇の草原は自然にできたものでは
ありません。

 

地域に住む人間の手によって
管理されてます。

 

阿蘇の草原を維持することは
景観だけではなく、代々続く
伝統的な農業にも通じています。

これらの活動が認められ平成25年5月
「世界農業遺産」に阿蘇が
登録認定されています。

 

あか牛の草原を維持する1000年の歴史(阿蘇郡産山ではこうする)

あか牛を放牧している広大な草原は
天然にできたものではないことは
前述の通りです。

 

熊本県阿蘇に住んでいる人たちによって
草原が維持されています。

 

木が生い茂る山を“野焼き”
呼ばれる方法で山を燃やしてます。

 

他のエリアでは見ることはありませんが
熊本県阿蘇では1000年間続けている
草原維持の方法です。

 

産山村では和牛農家さんたちが
自分たちが飼っている牛を放牧するために
組合をつくり共同で野焼きを行っています。

 

現地を訪れると分かりますが
草が育っている場所と
そうでない場所があります。

草の栄養が足りていない部分は
あまり草が育っていません。

 

そこで栄養価のある牧草にするために
牛の堆肥を撒いたり土を掘り起こしたり
して栄養価の高い土壌を作り上げます。

 

野焼きをしたら牛が食べる牧草の種を
撒いて草原を作っていきます。

 

3月に野焼きをして草原が一面、
燃やされて草が無くなります。

 

それから種を蒔くと5月には
栄養価の高い牧草が生えてきます。

 

放牧をしている赤牛(あか牛)や
黒牛(黒毛和牛)が食べれない分は
機械で刈り取りロール状にして
保存しておきます。

 

9月の終わり頃になると草原の草が
大きく伸びてきます。

 

大きく伸びている牧草は人の
膝くらいまでに達するほどです。

 

育った牧草は専用の機械で刈り取り
冬用の牛の粗飼料にします。

 

阿蘇は温かいイメージがありますが
産山村付近の阿蘇の冬は雪
覆われます。

 

多いときでは30センチほどの雪が
積もるようです。

 

ちなみに、組合共同で管理している
牧草地の広さは平面地は60ha、
斜面地は280haすべて入れると
340haの広さがあります。

広大な牧草地を産山村の農家の方
11軒で管理をしています。

 

野焼きの時は人手が足りないので
近隣の農家の方も混ぜて50軒あまりで
行います。

 

野焼きは文字の通り、草原に火をつけて
燃やす作業です。

 

風向きが悪いと野焼きをしている人に
火が向かってくることになります。

 

死者も出るほど危険な作業です。

 

命がけで1000年の伝統を守り
野焼きを続けているからこそ
阿蘇の草原が保たれて
いるんですね。

 

あか牛を一頭飼うのに必要な広さは最低1ha

牛が牧草をムシャムシャと
食べている姿を一度くらいは
見たことがあると思います。

 

牛が一日に食べるく草の量は
5キロとも7キロともいわれています。

丁度訪れた時は台風がきていて
天気があまりよくありませんでしたが
どれだけ広いのか動画があるので
ご覧になってください。

 

食べる草の量から計算すると…。

 

あか牛を一頭飼うのに
最低限1haほどの広さ
必要です。

1haがどのくらいの広さなのか?

 

この記事をお読みのあなたは
想像がつかないと思うので
説明します。

 

1haは
「100m×100m」
の広さです。

 

近くにある学校のプールが
25mくらいだと思います。

 

1haは25mプール16個分の広さといえば
何となく広さが想像できるでしょう。

 

前述した組合で管理してる放牧地は
340haあります。

 

全国分の赤牛を飼育すると考えると
340haあっても足りません。

 

そう考えると牧草地を維持管理するのは
大変なことです。

 

阿蘇郡産山のあか牛放牧のルール

広大な放牧地には組合で決められた
厳格なルールがあります。

 

放牧が許されるのは“メス牛”だけです。

 

理由は交配にあります。

 

下の動画をご覧いただくと分かりますが
赤牛(あか牛)と黒牛(黒毛和牛)が
放牧されています。

 

メス牛ばかりのところに
オス牛を放すと混血牛が生まれたり
意図しない血統の赤牛(あか牛)が
産まれてしまいます。

 

広すぎる阿蘇の草原で牛を
管理することは事実上不可能です。

 

こうした理由からも“メス牛”だけ
もしくは“母牛と子牛”を牧草地で
育てるようにしています。

 

母牛と子牛を一緒に放牧することで
強靭な体になります。

一定期間、親子放牧をさせた
赤牛(あか牛)は一度も病気に
ならないそうです。

 

ちなみに放牧期間が長ければ
長いほど赤牛は野生化します。

 

牛のジビエです。

 

野生化した赤牛は人間に近寄ることも
なくなりますし、時には襲ってくることも
あるようです。

 

阿蘇郡産山村の赤牛農家さんでは
野生化しないように一定期間の放牧に
留めているそうです。

 

放牧と肥育のバランスをみて
出荷してます。

あか牛の状態をみて行うので
〇〇ヶ月とは決まっていません。

 

一頭ずつ見てから行うので
とても非効率です。

 

あえて手間をかけることで
同じ阿蘇地区でも良質な赤身の肉
なります。

 

訪れると分かりますが
赤牛と人間が共存をしています。

 

これが本来の和牛飼育の姿
なのかもしれませんね。

 

続編へ続く

 

この記事をご覧の飲食店の方へ

 

熊本県産山村のあか牛を
ぜひ店で使いたい!という方は
コチラです。